「何を求めている?」「無だ」

思いついたままに書くどうでもいい話。

私の魂の本、というべきものに沢木耕太郎の「深夜特急」というものがある。
高校時代の地理の教師が薦めてくれたもので、地理の授業の中でその本を教えて貰ってすぐに、学校の図書室に駆け込んでハードカバーの本2冊を借りた。
ハードカバー版深夜特急の全3巻なので一冊足りない。幸い、第3巻が図書室になかったので二巻までは読むことが出来た。二巻読み終わった後に、市の図書館に問い合わせたら第3巻があるというので、速攻で借りに行き、読みふけったのも良い想い出である。

深夜特急が好きな本というと、「お前自分探しの旅でもしたいの()」と言われる事が多々あった。
私が学生時代の頃は丁度自分探しのたび、というものがはやっていたし、そのバイブルと言えるものが深夜特急だったので致し方ない。当時は必死に否定していたが、今だから白状すると、正直深夜特急と全く同じ事をしたかった。30までには海外に出て、ナニカを探す旅に出たかった。

しかし、そんなのも上手く行かないわけで……。

精神壊して大学を中退してから30まで仕事をしては辞めての繰り返しを100以上は繰り返した。企業から見たら本当に迷惑きわまりない存在だったと思うし、実際出禁になった日雇いや派遣会社は山ほどある。
そして、ある年の7月22日午前7時、30を過ぎてしまった。
その日はただ「あぁ、30超えちまったなぁ……」と陰鬱な気分で思いながら情報なんか頭に入らないのに、音楽を垂れ流しながらひたすらインターネットを眺めていた。
そんな時に、ふと思い出したフレーズがある。
深夜特急の終盤、ポルトガルのバーでのやりとり。
「いらっしゃい、何にする?」
「ナーダ(無だ)」
「ちっ、キチガイが来やがった」
うろ覚えなのでこの通りかはわからないけれど、概ねこんなやり取りだったと思う。
そのときなんでおこれを思い出したのかは覚えていないけれど、恐らく私も無を求めていたのだと思う。
なにせ、ニートに成り下がって親に腫れ物を触るかのように扱われ、海外に出るリミットの30を超えてしまった。仕事は探そうにも、どうせまた初日で精神病が悪化して、死ぬ死ぬ詐欺師してクビになる、といういつものパターンが待ち受けている。
本当に無、になってしまいたかったのだろう。死、ではなく無である。
死はもういい。とある事件で死に関しては達観してしまったので、自殺願望なんてものは消え失せている。こんなものは人間いつか来るべくしてやってくる。それをただ待てばいい。急ぐ必要なんか無い。
無はこの世に偏在していながらも無、である。其所にあって、其所に無い。
どうせ自分は存在していても意味は見出せない。ならば無になってしまおう、と思ったのだろう。
そんな問いかけが何年も続いたと思う。

そして現在。
何の因果か結婚して所帯を持ち、同人とはいえ本を一冊出し、好きな事と家事をしながら嫁の帰りを待つという生活をしている。
仕合わせか、といわれれば仕合わせだろう。好きな人が傍にいる生活、人に必要とされる生き方が自分でも出来るなんて思いもよらなかった。
そして今日、ふと思い出した問いかけ。

「何を求めている?」

もう、私は「無だ」と答える必要は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リア充爆発しろ!!!

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